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執筆者の写真黒野でみを

【映画レビュー】『便座・オブ・ザ・デッド』 B級的タイトルが惜しいと思える「人情、群像劇」


(C)CUBICLE HERO LTD. 2013


今回紹介する映画は、トイレという閉鎖空間でゾンビの恐怖におののく一人の男性の姿から、人間の深層心理や人生を描いたホラーコメディー映画『便座・オブ・ザ・デッド』。


何ともいえない邦題(笑)。ゾンビ映画はジョージ・A・ロメロの『ドーン・オブ・ザ・デッド』発表以降、どうも邦題に『~・オブ・ザ・デッド』とつけられてしまう傾向があり……まあわかりやすいという利点もあるのでしょう。これが付いていれば「ああ、ゾンビ映画ね」と。


ただポスタービジュアルなどからして明らかにB級感が蔓延する作風ではありますが、トイレという一つのロケーションでここまで物語を展開したというところに本作の旨味は存在しており、低予算系と見られながらも内容としては濃い作品であるといえるでしょう。


作品は2014年のポルト国際映画祭(Fantasporto)でノミネート、2013年のスウェーデンファンタスティック映画祭(Sweden Fantastic Film Festival)でシルバーメリエス賞を受賞、評論家筋でも意外に高い評価を浴びている作品であります。


【概要】

ゾンビの襲撃でトイレの個室に閉じ込められた男性が、どうにか脱出を試みる中でさまざまに出くわす出来事を描いたゾンビコメディー映画。


作品を手がけたのは、イギリスのクリスチャン・ジェームズ監督。脚本を担当したダン・パーマーが物語にも出演、主演を務めています。


2013年製作/84分/イギリス


原題:Stalled


【監督】

クリスチャン・ジェームズ


【出演】

ダン・パーマー、アントニア・バーナス、タマリン・ペイン、マーク・ホールデン、サラ・ギンズ、ビクトリア・ブルームほか


【あらすじ】


ある年のクリスマスイブ、とある会社のビルで作業に入っていたオフィスのメンテナンス作業員WC(ダン・パーマー)は、こともあろうにゾンビの大発生に出くわしてしまいます。


ひょんなきっかけで女子トイレの個室に入っていたWCは、その時外の洗面台で与太話をしていた女性社員が誰かに噛まれ、ゾンビとなってしまったことに気づくも個室に閉じ込められてしまいます。


作業用の道具は洗面台のすぐそば。彼はどうにかゾンビに捕まらないよう、その道具を取り戻して逃げようとしますが……。


【『便座・オブ・ザ・デッド』の感想・評価

1.「ゾンビフォーマット」をベースに巧みに作り上げた心理群像劇


ホラー映画の金字塔として現れた、いわゆる近代のゾンビ映画でありますが、たとえば1985年の『バタリアン』や2004年の『ショーン・オブ・ザ・デッド』、また近年のドラマ『ウォーキング・デッド』あたりより、その恐怖的要素を別の形に利用した、いわゆる「ゾンビフォーマット」を巧みに利用した別視点の作品が徐々に表れつつあります。


これら作品はいわゆるホラー作品としては「怖くない」と称され、「ゾンビ映画」という作品性よりB級作品的な見られ方からもあまり高い評価が得られない傾向にありますが、中には意外に「ゾンビ」という存在を物語のテーマに対する不かい象徴としてとらえた意味深い作品として仕上げられた作品もあります。



本作で「ゾンビ」という存在は「目前に迫った危機」の象徴でありますが、物語では一人の青年における深層心理、本音を掘り出す一つのアイテムとして利用しているようでもあります。


主人公は、自身の立場に悶々とした日々を送っている名もなき青年。ところが女子トイレの一室に閉じ込められた彼は、なんとか助かろうと必死の抵抗を続けます。そのさまは見ている側からするとどこかおかしなところもあるのですが、本人としては必死。さらにこの状況において、他のブースに入った一人の女性と生き残るための策を壁越しで話しているうちに、その内容はお互いの身の上に移っていきます。


相手の顔もわからないままに反している彼は、いつしか彼女の顔を絵に描いた女性の姿と重ね合わせ、彼女の身上を探り始めます。一方で彼は女性からもさまざまな内面を探り出され、自身の感情に変化をもたらされていきます。


彼はゾンビ騒動などなければ、悶々とした日々をまた続けることだったでしょう。またこの事件の日がクリスマスという絶妙な設定であることも、彼の大きな心理変化を際立たせる要因となっています。


どこか世間の「負け犬」的存在への共感を呼ぶ物語として、切なさすら感じさせる展開、さらに日本の映画『カメラを止めるな!』的な、「ああ、この手があったか!?」と思わせる奇抜なアイデア性も、非常に高いポイントを生み出しているようでもあります。


2.「トラブルの構図」、その背面に見える人間の本音こそが真骨頂


ちなみに脚本、主演を務めたダン・パーマーは、『ショーン・オブ・ザ・デッド』を手がけたエドガー・ライト監督のコメディー映画『A Fistful of Fingers』(1995年:日本未公開)にも出演を果たしており、ライト監督の作品思考からも何らかの影響を受けていることは考えられるでしょう。


本作を手がけたクリスチャン・ジェームス監督の作品は、日本で発表された作品は残念ながら本作のみでありますが、他に発表した作品からその作品群から共通して芯に抱いている表現のポイントようなものを感じ取ることができるでしょう。



まずは2004年に発表された映画『Treaks Out』。一人の少年が親友とともに脱獄した精神病患者を保護、彼らはやがて患者を「本物の連続殺人鬼」にするべくレクチャーをするというという奇想天外な物語です。

どこかレクチャーシーンが楽しそうに見えるなど、節々に感じられる登場人物たちの本音のようなものが非常に印象的でもあります。



続いては2017年の『Fanged Up』。一人の犯罪を起こした青年が送られた刑務所は、看守が吸血鬼だった…という物語。ゾンビと吸血鬼、というどこか似た悪役設定もさることながら、舞台が刑務所というどこか追い詰められた感、絶望感が満載の設定など、アイデアの巧みさが光る作品であります。


単にホラーならではの怖さ、グロテスク性も魅力ではあるものの、広いイマジネーションを発揮した、「ホラー映画を作る」のではなく「映画を作る」という姿勢が光ったものであるといえるでしょう。


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